カナダ政府
カナダ政府の象徴

Government of Canada

japan.gc.ca

Breadcrumb

  1. トップページ
  2. >
  3. カナダ発見
  4. >
  5. カナダについて


イヌイット

北極地方のイヌイットについては、いろいろ書かれてきた。中には事実もあるが、多くはフィクションである。イヌイットは世界の総人口50億以上のごく一部を占めるに過ぎないが、その名は彼らの居住地のはるか彼方まで知れ渡っている。

これは恐らく、イヌイットがもつ伝統的な生活様式と文化の特異性によるものだろう。あるいは、北方カナダの厳しく苛酷な風土のもとで暮らして栄える能力に、他の人々が感嘆しているからかもしれない。

カナダには、世界のイヌイット(以前はエスキモーと呼ばれた)のおよそ4分の1が住んでいる。現在、そのほとんどは、大陸北岸沿いや東西4,000キロ、5つの時間帯 にまたがる北極諸島に点在するおよそ40の小集落に住む。

近代技術によって輸送・通信が便利になり、健康管理と厳しい気候からの保護が進んだ結果、イヌイット(彼らのイヌクティトゥット語で"人々"を意味する)の生活は暮らしやすくなった。かつての犬ぞりはほとんどがスノーモービルや全地走行車(ATV)、乗用車、トラックに替わり、モリはライフルに替わった。そしてあの懐かしいドーム型の雪の家「イグルー」は、セントラル・ヒーティング、電気、電化製品、給水施設などが整った建物となり、今では狩りのときだけしか使われなくなった。

しかし近代生活は同時に、さまざまな新しい問題をもたらした。世界各地の先住民族の例にもれず、カナダのイヌイットも自分たちの社会的・文化的伝統を維持し、保護しながら、先進工業社会の生活に適応しなければならないという課題を抱えている。


歴史

カナダのイヌイットの正確な起源は、まだよく分かっていない。一般には、その先祖は、最後の氷河期に2つの大陸の間にできた陸橋づたいにアジアから北米へとやってきた、というのが通説になっている。

彼らは内陸系の狩猟民族であったが、北極地方を東へ移動している間に、沿岸の状況に適応し、アザラシやセイウチを捕獲し始めた。海上での狩猟とカヤック乗りに適応したことが、現在イヌイットと呼ばれる独特の文化を作ったと言ってよいだろう。

狩猟は、現在もイヌイットの生活の基礎となっている。事実、彼らの社会は、家族を基本的な単位として、狩猟を中心に成り立っていた。狩猟はグループのメンバーが協力して行なう活動であったため、いくつかの家族が1つの狩猟グループを形成した。今世紀に入ってもかなりまで、およそ700に上るこうしたグループが、北方カナダに散住していた。

イヌイットは、自分たちが見つけた環境に生活様式を合わせていった。例えば獲物の多いハドソン湾西岸に住むカリブー・イヌイットは、海上に出ずに陸上のハンターとなった。他の地域では、海上の哺乳動物や魚が主食だった。食料は種類が限られ、ときには入手することも困難だったが、栄養的にはバランスがとれていた。


外部との接触

カナダのイヌイットは何世紀もの間、外部とほとんど孤絶して暮らしていた。初期の探険家とは短期的にある程度の接触はあったものの、イヌイットがヨーロッパ人と長期的かつ重要な関係をもつのは、19世紀に捕鯨船隊がやってくるようになってからである。 毛皮取引が重要性を高めるにつれて、イヌイットの外部との接触も更に増えた。毛皮は常にイヌイットの生活に不可欠であったため、ワナ猟が狩猟と同じく重要な活動となった。


過渡期

イヌイットとその他のカナダ人との接触は、第2次世界大戦中、そして大戦後、急速に深まった。北方一帯に空港や気象台、レーダー網が建設され、また政府の公共サービスが増え、地下資源の探査・開発が進んだ。最近では、大規模な油田や天然ガス田が発見された結果、カナダ南部から北へと大勢の人がやってきた。

その頃から、カナダ政府はイヌイットに対して、保健医療、教育、その他の社会サービスを提供する必要を認めた。これにより政府が急速に大きな存在となり、やがて、各地の集落に散在していたイヌイットは、学校や教会、政府機関、店舗をもったより大きな、そしてより安定したいくつかの村に集まって住むようになった。


現在のイヌイット

狩猟と漁労は、現在でも多くのイヌイットに新鮮な蛋白源を供給している。アザラシ猟やワナ猟もある程度続いているが、かつては大きな経済的価値をもっていたのが、反対運動のせいで大きな打撃を受けた。しかし、毛皮の収獲は依然としてイヌイットの文化の一部であり、狩猟は食糧の大半を供給するほか、貴重な現金副収入になっている。

イヌイットの経済基盤は、昔と比べて大幅に多様化した。例えば、世界的に有名なイヌイット彫刻や版画には、大きな需要がある。ほとんどがイヌイット協同組合を通じて販売されるこれらの作品は、多くの村にとって安定した収入源である。

イヌイットの村が大きくなった結果、コミュニティ・サービス、サービス産業や開発産業、そして行政関連の仕事が増えた。

ただし、多くのコミュニティは主要な労働市場からあまりに遠すぎて、めったにアクセスできない。経済をさらに多様化し、若者やますます増え続けるイヌイットに有意義な雇用機会を提供することが、大きな課題になっている。


政治的目覚め

かつて、カナダのイヌイットには正式な政治機構がほとんどなかった。彼らは大体において、北方の近代化とともに導入された政治制度の枠外に置かれた。例えば、1962年まで、イヌイットには選挙権がなかった。しかし、自らの生活と将来に対する自主権の奪回を目指して、最近のイヌイットは政治的に活発になってきた。ほとんどの村は今では組織化され、カナダの他の市町村と同じく公選の議会によって政治が行なわれている。

カナダのイヌイットはまた、グリーンランド、アラスカ、ロシアのイヌイットと共に、北極全体にかかわるさまざまな重要問題に対処する国際機関、イヌイット北極圏会議を組織している。

政治協定とそれに基づく法律が1993年7月に公布され、1999年4月には、カナダ北方に新しいイヌイット中心の準州が誕生した。ヌナブト(Nunavut)と呼ばれる新準州は、当時のノースウエスト準州のほぼ東半分(フランスの約3倍の面積)を占め、他の北方準州と同様の政治的、経済的主権を持つ。


環境保護

北方カナダの開発にあたって、イヌイットは先頭を切って北極環境に対する人間活動の影響について関心を寄せ、警告を発してきた。イヌイットは、大自然と調和して暮らす長い伝統を持っており、北方生態系の脆弱さについてほとんどの人々より理解が深い。

カナダ人は、北方地域がもはや工業化の影響を受けない太古の遠隔地ではないことを知っている。既に、遠くヨーロッパで発生した汚染物質が、イヌイットの環境や食料から見つかってさえいる。将来、"温室効果"のような気候変化・現象が北方の生活を根本的に変える可能性もある。

カナダのイヌイットは、準州政府や連邦政府と協力して、自分たちの故郷にかかわる環境問題を理解し、その解決を図る努力を続けている。

Footer

更新日:
2013-08-30