カナダ政府
カナダ政府の象徴

Government of Canada

japan.gc.ca

Breadcrumb

  1. トップページ


駐日カナダ大使公邸とカナダ美術所蔵品

外交を彩るアート

大使公邸
大使公邸

駐日カナダ大使公邸は1933年に完成し、初代駐日カナダ公使ハーバート・マーラー卿の名にちなんで名づけられました。青山忠俊子爵が所有していた土地に建設された「マーラー・ハウス」は、今日もなおカナダに貢献しており、世界でカナダが果たす役割と日加関係の重要性についてマーラー卿が抱いていた確信と先見の明を表しています。

ハーバート・マーラー卿と夫人、1935年
ハーバート・
マーラー卿と夫人、
1935年

ハーバート・マーラー卿は当初、モントリオールの建築家ケネス・G・レイに設計を委託しました。レイの設計プランの多くは最終プランに取り入れられましたが、公邸の正式な設計者として認められたのはアントニン・レイモンドでした。チェコ生まれの建築家レイモンドは、フランク・ロイド・ライトと共に帝国ホテルをはじめとする建物で最もよく知られています。建設施工は耐震工学の国際的な専門家、内藤多仲教授の助力を受けて大林組が監理しました。建築家達の脳裏には1923年に起きた関東大震災の悲惨な情景がまだ鮮明に残っていました。

公邸の庭は日本式と西洋式の造園を見事に調和させたものです。草花や入念に剪定された植木、小道、石灯籠、鯉の泳ぐ池など、伝統的な日本庭園の多くの要素がある一方、公邸自体は西洋建築様式に則り、周囲に一段高い花壇が設けられています。

公邸は当時西欧で人気のあった新古典主義様式を印象づけるよう設計されています。中央のポルチコ(柱廊式玄関)から中へ入ると、壮麗な雰囲気の広々としたホールを中心に、ゆったりとした応接間がいくつか配置されています。

大使公邸
大使公邸

当初から使われていた家具や装飾品が今日もなお公邸を優雅に飾っています。そのうちの最も立派な家具の一つは大食堂のテーブルで、34名が座れるものです。応接間と舞踏室の金箔の天井は当初のまま使用されており、サンルームと小食堂の青銅製のバケツ型ランプなどの照明器具は、日本で初めて使われた間接照明器具の一つであると言われています。

しかし、公邸にカナダらしい特徴を与えているのは美術品のコレクションです。年を経るにつれて点数も増え、今日ではカナダ美術の功績とカナダの多様性豊かな自然や民族を反映しています。

ジュアニシアルク
ジュアニシアルク

第一に挙げられる代表的文化はイヌイットの文化です。北極地方の先住民は生活の糧を与えてくれる自然と動物に深く結びついた文化的伝統を持っており、これが彼らの美術表現の核となっています。特に良い作品例がケベック州北部のポヴァングニツクで作られたソープストーンの彫刻「アマウティをかぶった婦人」(1960年代)です。子供を運ぶフードのついたアザラシの皮で作られたジャケットを着ている婦人像のこの彫刻は、美しい顔を彫ることで知られたジュアニシアルク(1917~1977)の作品だと考えられています。

イヌイットの彫刻のコレクションに加え、1960年代に遡るケープ・ドーセット・コーポラティブ(共同工芸制作所)による石版画が幾つかあります。石版画はカナダ北部にしか見られない比較的新しいアートの形体であり、日本の木版画の技法に由来しています。1950年代後半、木版画の技法を学ぶためにジェームズ・ヒューストンがカナダ政府により日本へ派遣されました。木版画の材料となる樹木のない北極地方へ戻ったヒューストンは政府の支援を受けてケープ・ドーセット・コーポラティブを設立し、日本で学んだ知識を石を使って応用しました。アンゴティガルックによる石版画「エマカティリク」が公邸の玄関に飾ってあります。また、イヌイットはアザラシの皮のステンシルを使って自分達の生活や口承歴史の中から作品を作り出しました。カナダ北部の厳しい生活の中で見出したある種の喜びを表している「3羽の青い鳥」は、ルーシーによる1961年の作品です。

20世紀前半、カナダでは西欧の伝統的な美術を離れ、カナダ北部の偉大な力、風景、精神を表す美術へ向かう動きが高まりました。こうした流派の最も有名な推進役を果たし、初めて国際的な評価を受けたのは、自然と直に触れ合うことからインスピレーションを受け、1920年に結成された「グループ・オブ・セブン」です。公邸のコレクションの中には、同グループの創始者の二人であるA・Y・ジャクソンとアーサー・リズマーによる絵画があります。

アレクサンダー・Y・ジャクソン
アレクサンダー・
Y・ジャクソン

「ガスペ半島フォックスリバーの古い家並み」(ケベック)油絵、アレクサンダー・Y・ジャクソン(1882~1974)モントリオール生まれでありながら、オンタリオ州を拠点とする「グループ・オブ・セブン」のリーダー的存在と見なされているジャクソンが目指したのは、カナダ人に未知のカナダの姿を示すことだった。絵画のリリシズムと見事な色使いで知られている。

グッドリッジ・ロバーツ
グッドリッジ・ロバーツ

「輝くジョージア湾」(オンタリオ)油絵、グッドリッジ・ロバーツ(1904~1974)カナダ人の両親のもとにバルバドスで生まれたロバーツは、生涯の大半をケベック州とオンタリオ州で過ごした。色使いの巧みな画家であり、主に風景画家として見なされている。作品の目立つ特徴は微妙な色の調和と対照的な力強い厚塗り画法である

ジャン=ポール・リオペル
ジャン=ポール・
リオペル

「無題」1955年作、油絵、ジャン=ポール・リオペル(1923~2002)モントリオール生まれのリオペルはケベックと強い絆を持ちながら国際的なキャリアを確立した。1950年代には、すばやい自由な動きにより感情を伝える機械的な手法から、ゴムベラを使って色をのばして絵画空間を区切り、色彩と質感の対照を浮き立たせる独創的な手法を展開した。これは1955年にこの様式で制作された油絵75点の一つである。

ゴードン・レイナー
ゴードン・レイナー

「ペルシャの信仰」アクリル画、ゴードン・レイナー(1935年生れ)トロントを拠点とするレイナーの作品は「常に斬新的で、変化を予期させる」と言われている。独学の画家レイナーは作品に見られるように独特の力強さを持つ表現力豊かな色使いで知られている。複数の様式や影響を示す能力のゆえに「生来のパスティーシュ画家」と言われ、この作品では抽象表現技法を用いてイスラムのデザインとペルシャの色彩を融合させている。

H・メーベル・メイ
H・メーベル・メイ

「晩冬」1934年頃の作、油絵、H・メーベル・メイ(1877~1971)メーベル・メイはカナディアン・モダニズムに貢献したことで批評家から称賛を博した20世紀初頭の数少ないカナダの女流画家の一人である。この作品はビーバーホールヒル・グループに属していた「モントリオール時代」(1909~1938)の後期に制作されたものである。メーベル・メイの風景画の特徴として知られる、マッスと色の流れるような巧みな配置が見られる。

 

 

Footer

更新日:
2010-05-12